はるのこうきちと申します。「将来、絵本作家になれたらいいなあ・・・」と思っているおじさんです。
自費出版したことがあります。
「それがヒットして絵本作家を本業にできたら、今の会社を辞められる」
それを夢見ていたのも大きいです。
(完成させた作品は全く売れず、「大幅な預金の目減り」と「在庫の山」だけが残りました(苦笑)
そして「辞めたいと思っていたその会社」のその一員として今も勤務し続けています。
時々ストレスでお腹をくだしながら(笑))
「今の会社を辞めたい」の他に、もう一つ大きな理由がありました。
「どうやら俺は結婚というものはできなさそうだ」ということ。
『おそらく俺は結婚という形で両親を安心させることは叶わない。
俺の子という形での孫を両親に抱かせてあげることはできなさそうだ。』
自費出版したその作品の内容は、私たち親子の実話そのものではないけれど、
でもその内容をもって、両親に感謝の思いを伝えておきたい。
でき上がったその本を、私の遺伝子を継いだ形の『孫』だと思ってもらえたら私がうれしい。
(孫抱かせの疑似体験という親孝行の心よりは、私自身の満足のためがあったように思います。)
私のその個人的事情を考えると、自費出版の費用は「対価としてぎりぎり受け入れられるもの」でした。
実際、作品は両親に喜んでもらえたと思います。
そして、自分の予想に反して、数年後に妻と結婚できました。
結婚面だけでいうと「自費出版なんかしなくてもよかったじゃないか(笑)」と、自分の見込み違いを残念に思う部分はあります。
でも、「これで会社を辞められるかも!」という、あの頃の夢・希望・心の張りは、あの頃の自分には必要だったんだと思います。
なので、負け惜しみではなく(そして、自費出版の契約先だった文芸社さんの回し者でもなく)、私は自費出版自体に悔いは残っていません。
(例えば、トータルで何回も海外旅行に行く人や、ちょっとした額のいい車を買ったような人と比べれば、金額的には大差ないですからね。うんうん。)
「俺は結婚できなさそうだ」と思っていたその頃。
人のしあわせがちょっとだけシャクでした。
年賀状に家族写真を載せてくる友人達が嫌でした。
(身内のはOKでした。甥っ子姪っ子はかわいかったので^^
そうそう、両親は私系の孫は抱けなくても、充実した孫ライフは送れていましたので、私の作品を渡して疑似孫体験を『させてあげよう』というような思いよりは、『私の自己満足のため』の方が強かったと思います。)
話がそれましたね。
私は人のしあわせがちょっとだけシャクでした。
だから当時の自分事としてわかるのですが、本ブログに私がときどき妻を登場させていること。
それを「しあわせ自慢」にお感じの人がいたら、申し訳なく思います。
ごめんなさい。
でも、今、しあわせなんです。
(数年前、妻と一緒に『この先俺たちは自分たちで死を選ぶような可能性もないことはないな』と認識を共有したこともあります。
はるのこうきち家は、必ずしも順風満帆ではありません。)
でも、今はこのしあわせを家族で抱きしめていたいです。
もし、私の記事が「しあわせ自慢」に感じられる人は、今後は訪問してこない方がいいと思います^^
しあわせ自慢もしてしまうと思うので(^^;
夜中のはるのこうきちでした(^-^)
追記:
自費出版した「ぼくはてつぼうがすきじゃない」でいうと、出版理由の大事な一つが抜けていました。
「かつての自分と同じような少年にこの本を届けたい」
「自分が小学生だった時にこんな本があったらよかったのに・・・。
だから俺が描くんだ」
その思いがあったのは本当です^^
※下に貼り付けたこちら、当時参考にさせていただいた本です。私の場合は私の力不足でダメでした(^^;