こうきちの小屋 はるのこうきち雑記ノート

抱きまくら抱きしめて眠るおじさんの日々

この歌すごい。【人生初でスネ夫に思いをはせた夜】

note内を楽しく散策している時に、ある歌を知った。
全く知らなかった歌。
この方のnoteで知った。初めて聴いた。

note.com

むちゃくちゃ良かった。

実はこれ、
2026年7月6日に下書きを完成させたものです。
投稿する時点でこの歌はどのくらい有名になっているのだろうか?(なっていないのだろうか?)

(私の感想を読む前にまずその歌を聴きたいと思った方は下の方へどうぞ。
ユーチューブ動画を埋め込んでいます。)




私の場合は、のび太のママが歌う部分の歌詞が一番心に食い込んできた。

わが子が生まれてきてくれた時からのこと。
わが子の今後の人生のこと。
俺(と妻)はずっと君の親だぞ。そのこと忘れるなよ。
そんな感じのことが脳内にぶわ~っと充満して、泣いた。


これまでずっとスネ夫のことは好きじゃなかったが、この歌を聴いたことで、人生で初めてスネ夫のことを考えた。真面目に。
人生で初めてスネ夫と向き合った。

この動画の中のスネ夫に限っていえば、好きになってしまっている私がいる。

かなり昔に観た邦画「風、スローダウン」に主役じゃないボンボン成人坊ちゃんが慟哭するシーンがあったが、それを久しぶりに思い出した。
その映画のそのシーンを観た時は「まあそうでしょうね。そうなんでしょうね」としか思わなかった。申し訳ないけど。
状況はわかるけどボンボン坊ちゃんの気持ちは本当の意味ではわからないし、わかりたいとも思わなかったから。若かったその時の私としては。

でも、今回のスネ夫には心を揺さぶられた。
「俺はそんなにしあわせじゃないんだぜ」というのはあったとしても、でもそれとは別に友に思いをはせていたスネ夫。
自分のための慟哭ではなく、友のことを思ってのあの感情の表出。

この動画の中のスネ夫は好きだ。
この動画の中のスネ夫の今後の人生を応援したいと思った。

スネ夫に対して無関心でしかなかった私に、ここまで色々とスネ夫について(好意的なことを)考えさせた作成者のB子さんはすごいと思った。

 


 

ものすごく細かいことをいうと、のび太ママのパートの

「たとえ信じられなくても
 どんな親もそう」

 

というところだけ、そういう歌詞があると複雑な思いを抱く「子」もいるんだろうなということは思った。(B子さんの考えのうちであることは間違いないが。)

私と妻(と、その両方の両親)はその「どんな親も」に含まれると思うが、子によっては、
「うちの親は違うよ」
「うちの親は違ったよ」
そう思うしかない親子関係も存在するのだと思う。

 

スネ夫もそのへんの歌詞を聴いてぐっと来ている様子はあったが、この時のスネ夫の心の中を私が勝手に言葉にするならば、
「ぼくの時は違ったと思う。ぼくの場合は違うんだよ。でも、思い違いなのか?ぼくの時もそうだったのか?ぼくもそう信じていいのですか?できるものなら信じたい」
..…といった感じだろうか。


他のメンバーとは違ってスネ夫だけは揺れるものがあったと思う。
サイファー(ラップのセッション)を終え日常に戻った後のスネ夫の胸に残るものは何だろうか。そこでスネ夫は何を思うだろう?
それは私にはわからないが、好感のみを私に残した「この動画バージョンのスネ夫」の今後に幸あれと思った。

 

スネ夫の骨川家も親子円満にして「親子愛 万歳!」の歌にもできたであろうところ、スネ夫パートを敢えてああいう感じにしたB子さんはすごいと思った。それがこの歌に深みをもたらしていると私は思う。

 

私の感想はこのくらいにして。


この歌です。すごくいいですよ。
是非聴いてみてください。

 


www.youtube.com

 

聴いてみて「この歌、好きだ」と思った方は、ユーチューブのコメント欄をご覧になるのも良いように思います。
色んな解釈が書かれていて、聴き返しの際にさらに楽しめました。




漫画やアニメのキャラクターをイメージした上で、著作権者ではない人が作った動画。
そういうものに著作権侵害等の問題が生じるのか、全くわかっていませんでした。

今回、検索してちょっとだけ調べました。
下記サイトに書いてあったところでいうと、「お目こぼし」の範囲内で多分問題ないのだと思っています。
もしこの先、「いや、違うかも」とわかったら、上の動画の埋め込みは取り下げるかもしれません。

topcourt-law.com

 

 

 

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