30年以上前、私が20歳くらいの頃。
母とものすごく不毛な言い争いをしていた。
既に実家を出ていた私が帰省しての滞在中に。
夜寝る前の母とのティータイムで。
既に社会人だった姉が友達と遊んでいて帰宅が遅れている夜。二人で心配しながら寝ずに帰宅を待っていた。そんな時間に。
私と母は結婚式について言い争っていた。
「俺は(もしこの先結婚できるのなら)結婚式は挙げなくてもいいと思うような女性と結婚したい」というのが私の主張だった。
俺はそう思うというだけで、きちんと式を挙げたいと思う人が立派な式を挙げることまでは否定していなかったように思う。
そう、「俺はそう思っている」という、ただそれだけ。
たしかそうだった。
母は真っ向から反論し、私の主張を否定した。
「結婚式を挙げなくていいと思うような女性はこの日本にはいない」
そう断言していた。
「いや、女性のみんながみんなそうじゃないでしょ?」と私は言うのだが、母は一切その意見に耳を傾けなかった。
当時の母にはそういうところがあった。
「男がそんな思いを抱いていたら相手の女性がかわいそうだ」と、私の主張を矯正しようとしていた。
今考えると、息子に対して&そのパートナーとなる人に対しての親心の部分もわからないではない。
でも、少数派の存在を一切認めないその断言ぶりは、私としては受け入れがたかった。
険悪な雰囲気になり、お互いに「なんでたったそれだけのことがわからないんだ?」と苛立ち、「もういい も~ういい! この話はやめよう!!」と物別れに終わるのがお決まりだった。
そしてこの話の何が不毛かと言えば、当時の私に彼女はいないのだった。
「彼女いない歴=年齢」を驀進中だったのだ。
不毛だ。
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当時の母はそうだったが、時代の流れを感じ取り、後の母は色々と柔軟になったように思う。
今の母なら、結婚式を挙げない夫婦がいても「そういう人もいるよね」くらいに思うような気がする。
多分間違いない。
だから、今の母に対して「俺が主張してたこと、やっとわかってもらえるようになった?」なんて言葉をぶつけてもぶつけ甲斐がないのでそんなことは言わない。
そんなことは言わないが、30年以上前のあの頃の言い争いでいえば、私の言い分の勝ちと言っていいように思う。
勝ち、というほどのことでもないけども。
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私の勝ちというほどではないけども、そこには二つの意味で勝ちがあった。
「世の中にはそういう女性もいるってことが証明されたよね」という、世の中の現実としての勝利。
もう一点は、私が実際にそういうひとと結婚したということ。
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実は私は複数人から婚約解消をくらったことがあり、過去にnoteでの投稿でもそれを書いたのだが、そのお相手女性全員が、私のごり押しではなく本人の希望として「式は挙げなくていい」という思いを持っていた。
ただ実際には、「本当は挙げたくないんだけど、両親に感謝を示すために小規模な式だけ挙げましょうかね」という、本人の大人の判断もあって小規模の式は挙げることになっていた。
(で、婚約解消に伴って、式のその予約も解消したのだった。)
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妻も同じ考えの人だった。
「私が結婚式だなんて、照れくさ・むずがゆいから挙げたくなーい」くらいのことは言っていたように思う。
(あくまでも妻自身・本人の結婚式についての意見。他の方々の結婚式を否定するものでなかったことは強調しておきたい。)
でも、妻と私の場合も大人の判断で小規模な式だけ挙げることになった。
二人で、まずは私の居住地近くから検討を始めたのだがなかなか「是非ここで!」というものが見つからず。
そんな時に妻が抜群の候補を見つけてくれたのだった。
富士山本宮浅間大社:トップ
頂上の方ではなく、本宮の方。
私たちはこの富士山本宮浅間大社で式を挙げた。
二人とも静岡にゆかりはなかったが、候補として提案してもらえた時から大賛成だった。感謝だった。
式は小規模にした。呼ぶ親族は本当に小規模に限った。
私としては、招待の範囲をここに明記しても何も問題ないのだが、具体的に書き過ぎると妻側にちょっと問題が生じるかもしれないので完全に具体的にすることは回避したい。
(仮に私が招待の範囲を完全に事実通り明記した場合、万が一この投稿を妻側の親族が読んだとしたら私の身バレというか特定につながる。
「このはるのこうきちって奴は〇〇と結婚した男なんじゃないか!?間違いない!」って多分そうなる。
それは妻にとっても歓迎すべき事態ではないから、あまり具体的にし過ぎず、しらを切るための逃げ道は残しておく。)
ちなみに、私と妻、招待の範囲は全く同じにした。
どちらかだけが多く招待したとかは、無い。
そして、披露宴は行わなかった。
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私にとっては、この式は最高だった。
静岡に前日入りした日、曇っていて富士山は見えなかった。
天気予報は翌日も曇り。
ホテルまで乗せてくれたタクシー運転手さんは「明日も富士山は出ないでしょうね~」と言っていた。
でも。
翌日朝。式当日の朝。
ホテルの部屋のカーテンを開けると。
富士山がどどーんと。
ばばーんと。
朝日を浴びてそびえてくれていた。
歓迎してもらえたような祝福してもらえたような、そんな気分だった。
うれしかった。
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式当日の時が進む。
係の人に声をかけられ、式に向けてメイクを施されている途中の妻の部屋に招かれた。
メイクを受けている妻は、パイプ椅子よりは上等だけど形はほほ同じ形状の椅子に座っていた。そしてその座面の下の空間で膝下の足をクロスさせていた。(膝を支点に「く」の字に折って、クロス。)
その姿を斜め後ろから見守った。数分間。
着付けは全然完了していない段階だったとは思うが、和装の一環、もう和のテイストには突入していたにもかかわらず、おしとやかに足を揃えているとかじゃなかったその姿が妻らしく思えて、心の中で一人で笑った。(顔もほころんでいた気がする。)
これから俺はこのひとと楽しい日々を重ねていくんだという思いを深めた。
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式本番の社殿では奏上の言葉が書かれた紙を読み上げた。
事前の説明で「大きな声で読んでくださいね」と言われていたので、これ以上は出せませんという最大限の声で読んだ。
妻への誓いを込めて。
神前式なのだから本当は神様への誓いの言葉なのかもしれないが、私は妻への誓いを込めた。
妻が見つけてくれた富士山本宮浅間大社での結婚式。
私には最高の結婚式だった。
(妻は…事前に念入りに念入りに伝えていたにも関わらず化粧が濃かったのが一生の悔いのようだった。メイクさんのことをとても恨んでいた。
その日の自分がどうしても嫌だったみたいで、妻は後日ウェディングフォト専門のスタジオを探し出し、二人でウェディング記念フォトだけ撮りに行った。妻は「この費用を家計から出さすわけにはいかぬ」と独身時代の貯金で払った。
私ももちろんパートナーとして一緒にパシャリ。
今回は洋装。妻ナチュラルメイク。
このリベンジ回は妻も大満足で、めでたしめでたしでした。)
www.youtube.com
note.com
この時私たちがお世話になったホテルも紹介しようと思ったが、現在アパホテルになっているもよう。ああ、そうなんだ…..
当時は着付けや浅間大社への送迎、食事会と、私たちの結婚式に完全対応してくださったが、今はもうそういう対応は無い気がするのでここにホテル情報を記載するのは自重します。
富士山にも見守られながらの結婚式。
対応してくれるホテルは探せば近隣にあるかもしれませんので、
候補にしたい方は探してみてください。
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