こうきちの小屋 はるのこうきち雑記ノート

抱きまくら抱きしめて眠るおじさんの日々

選択 尊厳 しなやかな強さ【「大人は泣かないと思っていた」寺地はるな】

寺地はるなさんの著作はこれまで読んだことがなかった。
初めて読んだ。

短編7編からなる物語。
連作短編集(もしくは連作長編)と呼ぶみたい。そういう構成。
それで、全編良かった。

物語が進んで主要登場人物の人となりがわかってくればくるほど、主要登場人物たちを好きになっていった。

全編ずっと良過ぎて、どこについてどう感想を書けばいいのかわからなくなった。
(ここ数日のうちに、他に2本「読書感想文」を書いたが、感想を書けてしまったその2作が劣るという意味ではありませんよ。
4作小説を読んで、「是非感想文を書きたい!」と思ったのがまずその2作だったということ。
最後に読んだ5作目の本作「大人は泣かないと思っていた」は、私では感想文のポイントが絞れなかったよ..…という話です。)

 

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でもあれかな。
主人公や主要登場人物たちの思考や信条、言動そして選択、そういうものにものすごく共感というか感情移入できた。
「世の中にはこういう人もいるんだろうな」という形で想像・理解しながら努めて読み進めていくのではなく、「たしかにそう思うよね..…」という感じで自然に読み進められたのが私には大きかったように思う。

私の価値観に合っていた…というか、この物語を読んで「いいね」と思える人が(特にそういう男性が)世の中に増えればいいのになと思った。
田舎の閉塞感とか、「さす九」という言葉で世に浸透してしまった男尊女卑的な世界とか。
それらに支配されそうになりながらも(そんなことがはびこるその地その世界にとどまったままでも)、自分で育んできた自分の強さで、あるいは自分ではない誰かしらのいつかの姿に背中を押され、それらを飛び超えた彼ら彼女らをまぶしく思った。

(私は今そういうものに絡み付かれたような苦々しい日々は送っていないが、それでもそう思った。)

 


主人公・翼の幼馴染である「鉄腕」鉄也。
その鉄也が突き抜けたシーンをここに引用したく。

 みんな俺のことを、強い、男らしい、と言う。わからないことをわからないままにしてしまえる鈍さを男らしさと呼ぶなら、俺はきっと男らしいのだろう。
 けれども強くはない。腕相撲で誰にも負けなかったのは、小学生の頃の話だ。大人になったら、俺よりもっと強いやつがたくさんいた。今の俺は強くない。玲子に玲子らしくないことをさせて、そうしてなんとか結婚を許してもらおうとしているような、ただの小さい男だ。
 小学生の頃、階段の踊り場で翼を見た時、泣いているくせに一歩も引かないことにびっくりした。男らしくないけど、強い、と思った。きっとあいつは翼を持っている。その名のとおりに。翼を持つ男は、いつか空を飛ぶのかもしれない。そして俺や父や兄のような男が一生かかっても見ることのできない景色を見るのかもしれない。
 俺は翼のような男にはなれない。なにもかも違い過ぎる。俺には翼が無い。だけど。
 玲子を担いだまま、裸足で上がり框(かまち)から土間にぴょんとおりた。そのまま、道を走る。どこに向かおうとしているのか自分でもよくわからない。

「大人は泣かないと思っていた」寺地はるか
P107 集英社 2018年7月発行 


おい!鉄腕・鉄也!ここ(の前後)、かっこよかったぜ!

 

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そしてなんと言っても。

最後の最後。

良かったです。良かった。

そうですよね?本作をお読みになった皆さん!

 

 

『大人は泣かないと思っていた』寺地はるな|担当編集のテマエミソ新刊案内|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー

www.shueisha.co.jp

 

 

 

大人は泣かないと思っていた

象のような眼差し "〇れた希望" に涙が出た 【「天龍院亜希子の日記」安檀美緒】

事前情報全くなしで図書館で借りた本。なんとなく惹かれて棚から取った本。
最初5ページほどを読んだ時点では読みにくさを覚えた。
私の場合だけかもしれないが、登場人物の名前がすっと入ってこなかったり、他にも色々。
それで、この時点で軽く検索してみた。
芥川賞受賞作だったら読むのをやめようと思ったのだ。私との相性の悪さが確定していたので。

天龍院亜希子の日記|安壇美緒|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー

芥川賞受賞作ではなかった。小説すばる新人賞受賞作とのこと。
選考委員さんや書店員さんの推薦コメントだけ読んだ。背中を押されて、読み進めに戻った。

その後は一気読みだった。

 

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私はなかなか結婚できずに苦労したのだが、それは「この人でもまあいいか~」というような妥協の気持ちでは絶対に交際に進まなかったからというのが大きな要因だったと自分ではそう思っている。
そこいくと、そんな私としてはこの小説の主人公(と妻になる婚約者)の結婚に至る経緯が「そんなふうでも結婚するんだね...」という感じを受けたのだが、世の中の結婚は意外にこんなふうが多いのかもしれないですね、というようなことは思った。
世の中のいろいろを知っているわけではないので断言はできないが、多分これはこれで世のリアルなんだろうなと思った。

それにしてもこの小説、真面目な小説なのに少年漫画や懐かしアニメの単語がたくさん出てきて可笑しい。

とは言え、主人公が勤める会社のブラック労働ぶりや、派遣労働の実態(の、その一面)の描写には気が滅入るものがあった。
私は今ぎりぎり正社員だが、今の会社を解雇されたら私の人生は一気に暗転する。
完全な他人事ではないのだ。

妊娠中・出産後の女性正社員の育休・時短勤務に対する風当たり。
どちらの言い分もわかってしんどい。
これが全然解決されない日本社会。
私は女性ではないが、何とかなりませんかね?日本社会。
そういう社会問題も物語の中に自然に織り込まれているのがやはりプロだなと思う。
(こんなことを思う私は小説を書こう・書けると思ったことはない。当然のことだけど。)

 

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ここからは、私がこの感想文で一番書きたかったことを書く。
私はアホだから見当違いかもしれないが、この作者さんが本作で一番書きたかったのは多分あそこだ。
私が涙を止められなかったところ。

主人公の妻となる婚約者の、そのお父さん。
小学校の教頭先生をしているそのお父さん。脳の病気で倒れ、回復中のお父さん。
両親同士の顔合わせ会を終えた後、場を移すまでのちょっとしたトイレ休憩の間。
主人公とお父さんがホテルのロビーに二人残されたところ。

主人公が雑談っぽく語りかけた言葉からやりとりが続き、お父さんから熟慮の言葉が返される。
(結婚生活のこととか「娘をよろしく」とか、そういう話ではない。)

 

お父さんの言葉。

「でも少し話はずれるけど、もし君が彼を信じたいなら信じてあげたほうがいいんじゃないか。それが巡り巡って、君のためにもなる気がする」
 馬場先生は象のような眼差しをしていた。
「君が彼を信じようが、信じまいが、正直彼には何も伝わらない。手紙を書くとか、直接会いにでも行けば別だけど。マサオカが君の想いに気づくことは一生ないだろう。だけど、君はマサオカを信じることで、自分が知り得ない誰かからの善意を信じることができる。自分が本当につらくて、どうしようもない時に、何の証拠がなくっても、もしかしたらこの世の誰かがどこかでひそかに自分を応援してくれてるかもしれないって呆れた希望を持つことができる」
 そういうことを信じられたら、我々は生きるのが少し楽になるかもしれないね、と馬場先生は言った。

「天龍院亜希子の日記」P201 
集英社  2018年3月発行


私も馬場先生のその進言のように生きたいと思った。
きっと主人公もそう思っただろう。
憧れだったマサオカの球界復帰を夢想する主人公。

 

 それは都合のいい妄想で、マサオカは球界どころか日常生活にうまく戻れるかも怪しいところだろう。ほとんどの場合、この世で奇跡は起こらない。
 だけど俺が本当に苦しい時に背中を押してくれるのは、いつもそんな根拠のないでたらめな希望だ。

同上 P217

 

主人公はこれからもマサオカを応援していくだろう。
天龍院亜希子をひそかに応援していくだろう。
千葉ふみかを応援していくだろう。

私も誰かをひそかに応援していきたい。

訪れることはなくなったけど( or アカウントが消え、読むことはできなくなったけど)、noteのあの書き手さんやブログのあの書き手さん。
今どこでどう生きているのか私は何も知らない。
でも、あの方々のことを、私はこれからもひそかに応援していきたい。

 

 

そのことで主人公や私は『呆れた希望』を持つことができるのだ。

 

 

 

 

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天龍院亜希子の日記

忘れない 結婚式

30年以上前、私が20歳くらいの頃。
母とものすごく不毛な言い争いをしていた。
既に実家を出ていた私が帰省しての滞在中に。
夜寝る前の母とのティータイムで。
既に社会人だった姉が友達と遊んでいて帰宅が遅れている夜。二人で心配しながら寝ずに帰宅を待っていた。そんな時間に。

私と母は結婚式について言い争っていた。
「俺は(もしこの先結婚できるのなら)結婚式は挙げなくてもいいと思うような女性と結婚したい」というのが私の主張だった。
俺はそう思うというだけで、きちんと式を挙げたいと思う人が立派な式を挙げることまでは否定していなかったように思う。
そう、「俺はそう思っている」という、ただそれだけ。
たしかそうだった。

母は真っ向から反論し、私の主張を否定した。
「結婚式を挙げなくていいと思うような女性はこの日本にはいない」
そう断言していた。

「いや、女性のみんながみんなそうじゃないでしょ?」と私は言うのだが、母は一切その意見に耳を傾けなかった。
当時の母にはそういうところがあった。
「男がそんな思いを抱いていたら相手の女性がかわいそうだ」と、私の主張を矯正しようとしていた。
今考えると、息子に対して&そのパートナーとなる人に対しての親心の部分もわからないではない。
でも、少数派の存在を一切認めないその断言ぶりは、私としては受け入れがたかった。

険悪な雰囲気になり、お互いに「なんでたったそれだけのことがわからないんだ?」と苛立ち、「もういい も~ういい! この話はやめよう!!」と物別れに終わるのがお決まりだった。

そしてこの話の何が不毛かと言えば、当時の私に彼女はいないのだった。
「彼女いない歴=年齢」を驀進中だったのだ。

不毛だ。

 

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当時の母はそうだったが、時代の流れを感じ取り、後の母は色々と柔軟になったように思う。
今の母なら、結婚式を挙げない夫婦がいても「そういう人もいるよね」くらいに思うような気がする。
多分間違いない。

だから、今の母に対して「俺が主張してたこと、やっとわかってもらえるようになった?」なんて言葉をぶつけてもぶつけ甲斐がないのでそんなことは言わない。
そんなことは言わないが、30年以上前のあの頃の言い争いでいえば、私の言い分の勝ちと言っていいように思う。
勝ち、というほどのことでもないけども。

 

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私の勝ちというほどではないけども、そこには二つの意味で勝ちがあった。
「世の中にはそういう女性もいるってことが証明されたよね」という、世の中の現実としての勝利。
もう一点は、私が実際にそういうひとと結婚したということ。

 

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実は私は複数人から婚約解消をくらったことがあり、過去にnoteでの投稿でもそれを書いたのだが、そのお相手女性全員が、私のごり押しではなく本人の希望として「式は挙げなくていい」という思いを持っていた。
ただ実際には、「本当は挙げたくないんだけど、両親に感謝を示すために小規模な式だけ挙げましょうかね」という、本人の大人の判断もあって小規模の式は挙げることになっていた。
(で、婚約解消に伴って、式のその予約も解消したのだった。)

 

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妻も同じ考えの人だった。
「私が結婚式だなんて、照れくさ・むずがゆいから挙げたくなーい」くらいのことは言っていたように思う。
(あくまでも妻自身・本人の結婚式についての意見。他の方々の結婚式を否定するものでなかったことは強調しておきたい。)

でも、妻と私の場合も大人の判断で小規模な式だけ挙げることになった。

二人で、まずは私の居住地近くから検討を始めたのだがなかなか「是非ここで!」というものが見つからず。

そんな時に妻が抜群の候補を見つけてくれたのだった。

富士山本宮浅間大社:トップ

 

頂上の方ではなく、本宮の方。

私たちはこの富士山本宮浅間大社で式を挙げた。
二人とも静岡にゆかりはなかったが、候補として提案してもらえた時から大賛成だった。感謝だった。

式は小規模にした。呼ぶ親族は本当に小規模に限った。

私としては、招待の範囲をここに明記しても何も問題ないのだが、具体的に書き過ぎると妻側にちょっと問題が生じるかもしれないので完全に具体的にすることは回避したい。

(仮に私が招待の範囲を完全に事実通り明記した場合、万が一この投稿を妻側の親族が読んだとしたら私の身バレというか特定につながる。
「このはるのこうきちって奴は〇〇と結婚した男なんじゃないか!?間違いない!」って多分そうなる。
それは妻にとっても歓迎すべき事態ではないから、あまり具体的にし過ぎず、しらを切るための逃げ道は残しておく。)

ちなみに、私と妻、招待の範囲は全く同じにした。
どちらかだけが多く招待したとかは、無い。

 

そして、披露宴は行わなかった。

 

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私にとっては、この式は最高だった。

静岡に前日入りした日、曇っていて富士山は見えなかった。
天気予報は翌日も曇り。
ホテルまで乗せてくれたタクシー運転手さんは「明日も富士山は出ないでしょうね~」と言っていた。

でも。
翌日朝。式当日の朝。
ホテルの部屋のカーテンを開けると。

 

 

富士山がどどーんと。

 

ばばーんと。

 

 

朝日を浴びてそびえてくれていた。

歓迎してもらえたような祝福してもらえたような、そんな気分だった。
うれしかった。

 

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式当日の時が進む。
係の人に声をかけられ、式に向けてメイクを施されている途中の妻の部屋に招かれた。

メイクを受けている妻は、パイプ椅子よりは上等だけど形はほほ同じ形状の椅子に座っていた。そしてその座面の下の空間で膝下の足をクロスさせていた。(膝を支点に「く」の字に折って、クロス。)

その姿を斜め後ろから見守った。数分間。

着付けは全然完了していない段階だったとは思うが、和装の一環、もう和のテイストには突入していたにもかかわらず、おしとやかに足を揃えているとかじゃなかったその姿が妻らしく思えて、心の中で一人で笑った。(顔もほころんでいた気がする。)
これから俺はこのひとと楽しい日々を重ねていくんだという思いを深めた。

 

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式本番の社殿では奏上の言葉が書かれた紙を読み上げた。
事前の説明で「大きな声で読んでくださいね」と言われていたので、これ以上は出せませんという最大限の声で読んだ。
妻への誓いを込めて。
神前式なのだから本当は神様への誓いの言葉なのかもしれないが、私は妻への誓いを込めた。

妻が見つけてくれた富士山本宮浅間大社での結婚式。
私には最高の結婚式だった。

 

(妻は…事前に念入りに念入りに伝えていたにも関わらず化粧が濃かったのが一生の悔いのようだった。メイクさんのことをとても恨んでいた。

その日の自分がどうしても嫌だったみたいで、妻は後日ウェディングフォト専門のスタジオを探し出し、二人でウェディング記念フォトだけ撮りに行った。妻は「この費用を家計から出さすわけにはいかぬ」と独身時代の貯金で払った。
私ももちろんパートナーとして一緒にパシャリ。
今回は洋装。妻ナチュラルメイク。
このリベンジ回は妻も大満足で、めでたしめでたしでした。)


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この時私たちがお世話になったホテルも紹介しようと思ったが、現在アパホテルになっているもよう。ああ、そうなんだ…..
当時は着付けや浅間大社への送迎、食事会と、私たちの結婚式に完全対応してくださったが、今はもうそういう対応は無い気がするのでここにホテル情報を記載するのは自重します。

富士山にも見守られながらの結婚式。
対応してくれるホテルは探せば近隣にあるかもしれませんので、
候補にしたい方は探してみてください。

 

 

日本の神社 8号 (富士山本宮浅間大社) [分冊百科]

「しばらく会えていないな」

学校以外でできた友達は一人しかいない。
社会人になった後にできた友達も一人だ。
同じ人物だ。

他にも色んな人間関係の中で「あ、こいつ好きだな」と思える人間はいたし、その時は相手もそう思ってくれている確信はあったが、同じ集団所属ではなくなった後も人間関係が続くことはなかった。
その一人以外は。

その一人とは同じ集団所属ではなくなっても友人関係が続いた。
私よりも少し年上の友。(少しというよりは、もう少し年上の友。)

全世界を驚かせたわけではないかもしれないが、界隈という意味では世界を驚かせたような或る大ニュースがあった時、私は真っ先に友のことを思った。
今この瞬間、私と同じように友も間違いなく歓喜に浸っているに違いないと思い、そのメールをした。分かち合いたくて。

友からはメールが返ってこなかった。

ひょっとしたら、仕事などの都合で、友はリアルタイムでその情報に触れられていなかったのかもしれなかった。
結果を知らないままにして後日そのイベントのなりゆきを録画で後追い確認し楽しむ予定だったのかもしれないと後悔した。
私が「ネタばれ」をしてしまったのでは...と。
それでそのお詫びのメールをした。

友から怒りやお咎めのメールは返ってこなかった。

もしかしたら私の大粗相だったのでは...という思いはぬぐえていなかったが、でも、あの友なら本気で腹を立てているとは思わなかった。
そういう人じゃないと信頼していた。

その年、私は仕事が過去一番くらいに大変だったし、家庭でも大変な時期だった。
そんなこんなでてんやわんやのてんてこまいの時期だったこともあり、正直にいうと、友にしてしまったかもしれない失敗のことは頭から消え去っていた。

 

友への粗相疑惑のことを完全に忘れていた数か月後。
私宛に喪中はがきが届いた。

 

友が亡くなっていた。
信じられなかった。
最後にやりとりしたのはいつだったっけ?
信じられなさ過ぎて涙が出なかった。

そんな自分が薄情に思えて、友からもらった楽しかった時間ありがたかったことを思い出して無理やり泣いた。
無理やりに自分を泣かせたような感じだった。

友と一緒に所属していた集団から私は随分前に離れていて、そこにいた友以外の人間とは縁を切っていた。
だから、葬儀についての連絡は私には届いていなかった。

友は...私が歓喜したあの出来事を知る前に亡くなっていた。
見せてあげたかった。あの光景を友に見せてあげたかった。


お悔みとご仏前を配偶者さんに送ったが、連絡は返ってこなかった。
私もそれ以上の連絡はしなかった。

数年後、風の便りで病死だったことだけ知った。
詳しいことは知れなかった。
急な旅立ちだったのか、家族との最後の日々を慈しみながらの旅立ちだったのか、私は何もわかっていない。

もし急なことではなかったのだとしたら、「事前には伝えなくていいけど、俺が死んだ後に自宅に訪ねてくるようなことがあったらこれを渡してくれ」というようなものがある可能性はある。
そういうことをしてくれる友だったように思う。

でも私はご自宅に伺うことはできていない。
ご自宅に伺い手を合わせお線香をあげることを考えたが、実行はしていない。

友が亡くなってからも毎年配偶者さんから年賀状が届く。
だから私も年賀状を返す。

ご自宅にうかがっていない私は世間からすれば完全に薄情者だろう。自分でもそう思う。

でも、葬儀を知らず参列せず、ご自宅のご仏壇の前で手を合わせることもしていない私には、友の死は現実感がない。
それに救われ、それに甘えている。

「なんか友にしばらく会ってないな~」「いつかそのうち会えるかな~」くらいの感覚のままでいる。
世間からすれば私は完全に薄情者だろう。自分でもそう思う。

でも、それでよしとさせてください。

 

これから書くことを私の傲慢さと受け取られることに反論は一切ない。
私はその友が私を好いてくれていたからもうそれでよかった。
その時のその集団の中で、仮にもし他の全員から嫌われ疎まれても、その友が私を好いてくれているんだからそれでいいじゃないかと思っていた。
その事実があるんだから他の奴に嫌われても全然痛くもかゆくもないじゃないか、と。
そんなふうに思っていた。


その友は、私にとってはそういう存在だった。

 

〇〇さん!
私のことを友と思ってくれて、本当にありがとうございます!

そのうちまた二人で飲みましょう!

 

 

 

 

 

 

 

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幼稚園でのお泊り会で

私自身の幼稚園の卒園アルバムにお泊り会の写真のページがある。
楽しみにしていたというよりは、不安だったり「面倒だな」と思ったりしていたように思う。
そんな幼稚園児だった私。

お泊り会のページ。
夜の写真。
園庭で園児がばらばらに手持ち花火を楽しんでいる。
卒園アルバムをもらった当時、その写真に自分がいることはすぐ気づけた。

今回改めてその写真を見た。
「うん、多分これが俺」
小さくしか写っていなかったが、一応すぐわかった。

この写真には実はそれ以上の見どころがあった。
写真のかなり目立つ位置に私の父の後ろ姿が映っている。

幼児の私は棒立ち状態で花火を持ち、一応そのきれいさを楽しんでいる様子だが、父はそんな私からそれなりに離れた位置にいる。少しかがみ気味。

父は、幼稚園の先生・職員でもないのに、火がなくて(花火からの火の受け渡しがうまくできなくて)持っている花火を楽しめていない園児にライターで火をつけて回っていた。
写真だから「つけて回っていた」という断言は書き過ぎかもしれないが、多分そうだ。

当時の父はヘビースモーカーだったから、ライターを常に持っていたはず。
そのライターで火をつけてあげていたんだね。
職員でもないのに。

私は煙草を吸ったことがないから、ライターを持ち歩くことがない人生を送ってきたわけだが、もしライターを持っていたとしてわが子以外の園児に火をつけてあげられるだろうか。いや、できない。しない。火だからね。

時代的なものも確実にあると思うが、よその子に火をつけて回ってあげている父をなんとなく「らしいと言えばらしいな」と思う。

卒園当時にその写真を見た時もさびしい気持ちはなかった。
どちらかというと「あ、お父さん親切」と思った気がする。
「こんなことしてあげてたんだ」、と。

そんな夏の1コマ。

 

 

 

 

 

 

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読んだ【「婚活マエストロ」宮島未奈】

盆休みは久しぶりに小説を読もうと決めていた。

最初に読み始めたのはピンク地底人3号さんが書いた「カンザキさん」

「あれ?これは俺の好みじゃない気がする」と思って、軽くネット検索したら犯罪に近いレベルのパワハラ・ブラック労働の話。
すぐに読むのをやめた。
ちょっと話は変わるが、以前、芥川賞受賞作を2作ほど読了したことがあるのだが、自分にはとことん合わないことを実感でき、それ以来、芥川賞受賞作であっても、なんの受賞作であっても、どんな話題作であっても「合わないものは読むのをやめていい」というスタンスに変わることができた。
(私には合わなかったというそれだけの話です、すみません「カンザキさん」

で、ちゃんと読了したのがこちら。

「婚活マエストロ」

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心があたたまった。
良い物語だった。
婚活に苦労した私としては、主人公がしあわせにたどり着くまでがスムーズ過ぎるようにも思えたが、これはあくまでも創作物語だし、実際の人生でもそういう感じにスムーズにしあわせをつかむ人はいるだろう。
(私の妻もどちらかと言えばスムーズ側だろうし。)
作品にケチをつけるような難点ではないと思っています。

 

真面目な出会いサイトや婚活アプリの場合も含めた時の、
「いつ終わりに到達できるのかわからない虚無感。先が見えない絶望感」
この作品にそこの虚無感や重苦しさは描かれていません。

自分の人生にはなかったそういう体験を物語で追体験なさりたい方や、
「そうそうそうなんですよ。よくぞこの苦しみをこんな感じで表現できましたね」と、同志に思いをはせるような気持ちになりたい方は、
そういう内容の何か他の作品を探せばよいのだと思います。

 

 

主人公がなか卯でこぼした涙と思い。
その場面では私の目頭も熱くなりました。

「つい先月まで、俺がだれかに影響を与えることなんてこの先もうなくて、きっとこのまま寂しく死んでいくんだろうなって思っていたんです」
涙が目からこぼれたのを感じる。
「でも鏡原さんと出会って、ドリーム・ハピネス・プランニングの婚活イベントに携わって、俺でも人の役に立てるんだって感動したんです」

「婚活マエストロ」宮島未奈
P201   文藝春秋 2024年10月発行

 

今の私はどちらかというと、問題提起役を担ったつもりのそんな自己満足だけの人間で、noteでは炎上商法的な立ち位置にいることが増えてきてしまっている気がする。(実際に炎上のような反応が起こったことはないが。)

あたたかい気持ちで誰かに接し、ささやかでも誰かの役に立ち、(さらにほんの少しでも感謝されるようなことがあれば最高で)、この先、そういう生き方に方向を転換していきたいと素直に思えた。
この本を読んでそう思えた。
それが実現されていくのはちょっと先になるかもしれませんが…..。

 

 

出版社の作品紹介では「爆走型ヒロイン」「爆走型エンタメ」とあるが、そういう印象はなかったです。
真面目な真面目なヒロインだと思いました。
淡々と丁寧に物語が進んでいたように思います。

 

ソフトカバー単行本の表紙に描かれている女性が鏡原さんなのだとしたら、私のイメージとはちょっと違っている気がして、表紙の女性のことは思い浮かべないようにして読み進めました。(装画作成者さんすみません!あくまでも私の思いです!)

 

 

読書の良さ、好きな小説に当たった時の素晴らしさとして、今回こういうことを思いました。
数日前に、初対面の人と休日の行動を共にしないといけなかったのですが、それはそれは腹が立つことがあって。
現場ではもめませんでしたよ、私も一応社会人なので。(表現ぼかしてますが妻の親族とかではないです。そこはきっぱり断言。)
明らかに問題があったのはその初対面の人だったのですが、いろんな事情を勘案した妻としては、解散後であっても、私との間であっても全面的にその初対面の人を悪く言うことに同調できない部分があったようで、その人の非常識行動のせいでうちの夫婦が夫婦ゲンカになりました。
まあその人の非常識をさらっと流せない私自身がクズでクソみたいな人間だなということは改めて思いましたけど。
そんなイライラMAXのまま二日ほどを過ごしました。
わが夫婦に関しては関係修復はなされ、あとは内心の問題だけだったのですが、この小説を読んでいるうちにそういうもやもやが完全に消えていました。
小説のパワーってすげえな!と思った、そんな一日がありました。

 

 

 

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婚活マエストロ (文春e-book)

 

やっぱりすげえなヨシタケシンスケ!【読んだ「お悩み相談 そんなこともアラーナ」】

失礼失礼、力が入ったので思わず呼び捨てしてしまいました。

ヨシタケシンスケさんの文字の本(絵本ではなく文字の本)
「お悩み相談 そんなこともアラーナ」白泉社

www.hakusensha.co.jp

 

面白かったです。
というか、人の相談に対してよくこんなに言葉が出てきますよね。
もうね、驚嘆しました。

私は「人生相談の本」が好きなのでよく読むのですが、今回のヨシタケシンスケさんに限らず、毎回そう思っている気がします。

 

で、「お悩み相談 そんなこともアラーナ」の話に戻ると、
まえがきのような「おなやみそうだんをはじめるにあたって」

まずここがいい。
「元気のある人の考え方」と「元気のない人の考え方」があるということを高らかに宣言。
ヨシタケシンスケさんはご自身を

元気のない歴50年。「元気のない考え方のプロ」と言ってさしつかえありません。

と評しておられます。

私も昔はネガティブの権化だったので、「元気のない人の考え方」の言い分、ものすごくわかる。

でも私の場合、コンプレックスのいくつかを何とか克服したことによって今はなんと「元気のある人の考え方」も多少は持ち合わせており。

私の場合は両者のハイブリッド人間であることを大事にしていけばよいのではなかろうかと、自分についてそんなことを思った次第です。

 

 

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お悩み相談 そんなこともアラーナ (MOE BOOKS)

 

 

私が書いたヨシタケシンスケさん関連の過去記事は下のこのへんです

 

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

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「私は思う」

「(~だと)私は思う」
この言い回しについて、こんなご意見もあろうかと思う。

「その文章を書いているのがあなたなのは読めばわかるんだから、『私は』は要らないのでは?」と。

うん、確かに。

でも、私は「私は思う」を使う。
時々使う。いや、他の人に比べたら、たぶん人より多く使っている。

「これこれこうだと
 わたしはおもう」
7字のリズムが心地よく。

 

でもどうでもいいかとわたしはおもう

 

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「わたしは」を入れた方が読みの流れがよい時は、迷わず入れる。
あとは、「他の人がどう思うのかは知らんけど、俺はそう思うわけよ」というような文脈の時にも入れますね。


「思う」に対して「私は」が要らないんじゃないか論。

 

皆さんがどう思うかは知らんけど、
「あってもいいよね」と私は思う。

 

 

 

この歌すごい。【人生初でスネ夫に思いをはせた夜】

note内を楽しく散策している時に、ある歌を知った。
全く知らなかった歌。
この方のnoteで知った。初めて聴いた。

note.com

むちゃくちゃ良かった。

実はこれ、
2026年7月6日に下書きを完成させたものです。
投稿する時点でこの歌はどのくらい有名になっているのだろうか?(なっていないのだろうか?)

(私の感想を読む前にまずその歌を聴きたいと思った方は下の方へどうぞ。
ユーチューブ動画を埋め込んでいます。)




私の場合は、のび太のママが歌う部分の歌詞が一番心に食い込んできた。

わが子が生まれてきてくれた時からのこと。
わが子の今後の人生のこと。
俺(と妻)はずっと君の親だぞ。そのこと忘れるなよ。
そんな感じのことが脳内にぶわ~っと充満して、泣いた。


これまでずっとスネ夫のことは好きじゃなかったが、この歌を聴いたことで、人生で初めてスネ夫のことを考えた。真面目に。
人生で初めてスネ夫と向き合った。

この動画の中のスネ夫に限っていえば、好きになってしまっている私がいる。

かなり昔に観た邦画「風、スローダウン」に主役じゃないボンボン成人坊ちゃんが慟哭するシーンがあったが、それを久しぶりに思い出した。
その映画のそのシーンを観た時は「まあそうでしょうね。そうなんでしょうね」としか思わなかった。申し訳ないけど。
状況はわかるけどボンボン坊ちゃんの気持ちは本当の意味ではわからないし、わかりたいとも思わなかったから。若かったその時の私としては。

でも、今回のスネ夫には心を揺さぶられた。
「俺はそんなにしあわせじゃないんだぜ」というのはあったとしても、でもそれとは別に友に思いをはせていたスネ夫。
自分のための慟哭ではなく、友のことを思ってのあの感情の表出。

この動画の中のスネ夫は好きだ。
この動画の中のスネ夫の今後の人生を応援したいと思った。

スネ夫に対して無関心でしかなかった私に、ここまで色々とスネ夫について(好意的なことを)考えさせた作成者のB子さんはすごいと思った。

 


 

ものすごく細かいことをいうと、のび太ママのパートの

「たとえ信じられなくても
 どんな親もそう」

 

というところだけ、そういう歌詞があると複雑な思いを抱く「子」もいるんだろうなということは思った。(B子さんの考えのうちであることは間違いないが。)

私と妻(と、その両方の両親)はその「どんな親も」に含まれると思うが、子によっては、
「うちの親は違うよ」
「うちの親は違ったよ」
そう思うしかない親子関係も存在するのだと思う。

 

スネ夫もそのへんの歌詞を聴いてぐっと来ている様子はあったが、この時のスネ夫の心の中を私が勝手に言葉にするならば、
「ぼくの時は違ったと思う。ぼくの場合は違うんだよ。でも、思い違いなのか?ぼくの時もそうだったのか?ぼくもそう信じていいのですか?できるものなら信じたい」
..…といった感じだろうか。


他のメンバーとは違ってスネ夫だけは揺れるものがあったと思う。
サイファー(ラップのセッション)を終え日常に戻った後のスネ夫の胸に残るものは何だろうか。そこでスネ夫は何を思うだろう?
それは私にはわからないが、好感のみを私に残した「この動画バージョンのスネ夫」の今後に幸あれと思った。

 

スネ夫の骨川家も親子円満にして「親子愛 万歳!」の歌にもできたであろうところ、スネ夫パートを敢えてああいう感じにしたB子さんはすごいと思った。それがこの歌に深みをもたらしていると私は思う。

 

私の感想はこのくらいにして。


この歌です。すごくいいですよ。
是非聴いてみてください。

 


www.youtube.com

 

聴いてみて「この歌、好きだ」と思った方は、ユーチューブのコメント欄をご覧になるのも良いように思います。
色んな解釈が書かれていて、聴き返しの際にさらに楽しめました。




漫画やアニメのキャラクターをイメージした上で、著作権者ではない人が作った動画。
そういうものに著作権侵害等の問題が生じるのか、全くわかっていませんでした。

今回、検索してちょっとだけ調べました。
下記サイトに書いてあったところでいうと、「お目こぼし」の範囲内で多分問題ないのだと思っています。
もしこの先、「いや、違うかも」とわかったら、上の動画の埋め込みは取り下げるかもしれません。

topcourt-law.com

 

 

 

スモールプラネット ドラえもん 缶バッジ スネ夫 SHF1025

ホームグランドは note

最善を尽くしたいので今回のこれを書く。

以前、こういう投稿をした。

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

その中で「私のホームグランドははてなブログである」と書いた。

でも今は違う。

私のホームグランドはnoteになった。

私は今、noteの創作大賞にエントリーしている。

「はてなブログがホームグランドの者にnote創作大賞をくれてやるわけにはいかん」というようなことにならないよう、「ホームグランドはnoteになりました」とここに明記した。

 

それだけの話。