こうきちの小屋 はるのこうきち雑記ノート

抱きまくら抱きしめて眠るおじさんの日々

白熱!? 怪獣消しゴム とんとん相撲

子どもの頃、相棒と怪獣消しゴムでよく遊んだ。1980年代のこと。
二人でとんとん相撲を楽しんでいた。二人だけで。
なんなら、中学生になってもやっていた。
部活が休みの試験休み中だったり、練習が平日よりは早い時刻に終わる土曜日だったりにも。もう中学生なのに。

いや、もっと「なんなら」を重ねるなら、我々は大人になってもそれをやった。怪獣消しゴムとんとん相撲を。
大の大人が、よ?

怪獣消しゴムはほぼ全てが相棒の所有物だった。
私が所有&持参するのは2匹だけ。

我々は「団体・勝ち抜き戦」をしていた。
私が2匹持参しているので、相棒が優先ドラフトで2匹を確保する。
相棒が確保するものは決まっていた。
アーストロン兄弟。アーストロンの大サイズ2匹。
(ちなみに、お借りした見出し画像は「サドラー」。アーストロンじゃないよ。)

アーストロン(大)は基本的に皆とんとん相撲が強かったのだが、そのうちの一匹は別格の強さだった。
相棒が冬に石油ストーブの上にその一匹を立たせていたら足の裏と尻尾がちょっとだけ溶けたらしく、ほんの少しではあるのだが土俵との接地面がならされ広がったことでその強さが上積みされていた。
そんなアーストロン兄。
そして、兄よりは少し弱いにしても、とんとん相撲界のトップに君臨していることに違いはないアーストロン弟。それが相棒の鉄板ツートップ。

対して、私の2匹はレッドキング(小サイズ)。
一匹はマグネットタイプだった。
マグネットタイプと簡単に書いたが、私はそいつ以外のマグネットタイプをほとんど見かけたことがなかった気がする。(思い違いだろうか。)
で、マグネットタイプということもあって、ずっしり感があった。重かった。
それでこのマグネットレッドはアーストロン兄と唯一比肩しうる強豪だった。

もう一匹は普通の黒レッドキング(小サイズ)
ただ、相棒のアーストロンはストーブで生まれ変わったんだから俺にもちょっと改造を認めろよということで、私はこの黒レッドに改造を加えていた。
基本、レッドキング(小)も元々強豪ではあったが、弱点として土俵との接地面が丸みを帯びていることが挙げられた。
だからとんとんの振動に対しての揺れが大きい。
私はその一匹だけについては土俵との接地面を完全に平らにした。カッターで切り落としたのだ。
横向きにした黒レッドの股下 / 尻尾下 部分にカッターの刃を立て、ラーメン屋店主さんがチャーシューと向き合う時のように「すーぅ しゅとんっ!」と斬り落とした。改造成功。(廃獣とはならず、私は賭けに勝った。)
この改造の効果はかなりあった。
この黒レッドからは完全に「揺らぎ」が消え、彼はアーストロン兄に比肩する実力を持つに至った。

私はこの黒レッドに強さとは関係ない加工も施した。
私は、闘犬漫画「白い戦士ヤマト」に出てくるブルドッグが好きだった。名はジャンボ。(今検索して調べた。なつかしい。)
その時の私はジャンボへのオマージュで黒レッドの片腕を義手にした。
海賊ものによく出てくるような感じに。
赤く塗った爪楊枝を刺し、細く切った黄色いビニールテープで根元を補強して。
そして、過去の激闘による名誉の負傷ということで、隻眼にした。
これはブルドック・ジャンボだけではなく、ガンバの冒険の『ヨイショ』へのオマージュも込めていたように思う。

最強アーストロン兄弟(大サイズ)に対抗する我が二枚看板はレッドキング兄弟(小サイズ)

 

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「大人になっても続けていた」ということで、ひょっとしたらこんな疑惑をお持ちになった方がおられるのではないだろうか?
「金銭を賭けていたのでは?」と。

断じて、ない。

金銭を賭けての勝負ではなかった。
ただただ、とんとん相撲が面白かったのだ。

 

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ここで我々のローカルルールをお伝えしておきたい。

大相撲のようにビデオ判定ができない我々は、片方が倒れた時に残る一方が完全に立っていない場合は「勝ち」としなかった。取り直しとした。
(これは剣道の「残心」という考えにも通じるものがあるように思う。参考にしたのは剣道漫画「六三四の剣」。というのは今になってのこじつけで、そうでないと勝負の判定が難しかったからだ。ビデオ判定がないからね。どちらが一瞬先に倒れたかなんて決められないよ。)

我々はお互いに気のいい奴だったから、完全に「残心」が成立していたのに余計な一叩きをしたことで勝者を倒してしまった時は相手の勝ちを認めていた。

そして、この「残心」ルールが新たなルールを生み出す。
一方が倒れた時に、残る一方も「残心」できずに倒れたとする。でも流れの中での最後の一叩きの振動・反発によって、先に倒れていたはずの負け力士が「すたっ」と立ち直すことがあったのだ。

我々はこの立ち上がりを認めた。「ウルトラC」と名付けて。
敗北からの生還、そして大逆転。
(このウルトラCの名手はベムラー(小サイズ)だった。
基本、ベムラー(小)は弱いのだが、このウルトラC能力によって我々としてもベムラーのことは無視できない存在として認識していた。
他にもウルトラCの名手はいたような気がするが、思い出せない。)

このウルトラCが起こった時の面白さが格別だった。
我々はこの「ウルトラC」に遭遇したくて「ウルトラC」が起こる瞬間を共有したくて見たくて見たくて、それで大人になってもこのとんとん相撲をしていた気がする。うん、そう言って過言ではない。

 

ウルトラCが起こった瞬間。
我々は腹から声を出して笑った。
心から笑った。
もう大人なのにアホのように笑い転げた。
そういう笑いの瞬間を我々は「心の弁が開いた」と表していた。
笑い、心の弁が開き、心の中にあった焦げ茶色の糸くずがごちゃごちゃと絡み合ったような得体の知れない何かしらが体外に放出され、日頃のもやもやを完全に一瞬忘れる。

最高のひとときだった。

 

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我々がやっていたのは団体勝ち抜き戦だった。
ドラフト制度でお互いが獲得した30匹くらいをずらっと並べての団体勝ち抜き戦。
大抵は、私の場合は大将にマグネットレッド( or 隻眼黒レッド)を配し。
相棒はアーストロン兄を配する。

最後、アーストロン兄と隻眼黒レッドによる改造力士同士の大将決着というような、そんなドラマチックな展開も一度ではなく何度もあった気がする。

ただ、何回もやっているとさすがに飽きてくる。
そんな時は「並び順」に趣向を凝らす。
マグネットレッドを先鋒に配して、何人抜きできるかを楽しむのだ。相棒も時々それを楽しんでいた。

どちらが「それ」をした時だったのかは憶えていない。
強い順に並べたチームの強い者たちがアクシデント的に敗れ続けた結果、大将に配した弱小怪獣が最後の砦になったことがあった。
普段ならドラフトにもかからないような弱小力士。
ふざけて、受け狙いで指名したような力士。
チャーチャン。
チャーチャンが特撮実写の中でどんな怪獣だったのかは知らない。
でも、怪獣消しゴムとしての、とんとん力士としての適性がないその姿だけはなんとなく憶えている。

チャーチャン一匹を残すだけとなった私(or相棒。いずれか。)

監督としての勝利への渇望か、彼を場違いなこんな場所に立たせてしまった申し訳なさか、その力士に向けてかけられた弱々しいささやきを我々二人はその後数年に渡ってずっと憶えていた。

「チャーチャン…
 チャーチャンがんばれ…」

この後にチャーチャンが奇跡のような勝利を収めた、とかはない。
「あの日のあのチャーチャンの姿に、後年の私は勇気をもらうことになる」なんてこともない。

でも、
「チャーチャン…
 チャーチャンがんばれ…」
という弱々しいあの声が、思い出させてくれるのだ。
我々の間には間違いなく、楽しい時間が流れていたことを。

 

チャーチャン。
俺は君の名を忘れない。なぜかバンザイしていたあの変な姿も。

相棒は、子どもなのにクラスメイトから「記憶じじい」と呼ばれていたこともあるほどの男だ。
私だけでなくきっと相棒もチャーチャンを憶えているに違いない。

 

…いや。
「そうであってほしい」と願っている。

 

 

 

 

 

ウルトラ怪獣消しゴム図鑑

 

ウルトラマン ウルトラ怪獣消しゴム 透明怪獣 ネロンガ(グリーンメタリック) 円谷プロ 当時物/絶版品

妻への呼びかけ方

私は妻に語りかける時、「本名の下の名」に「さん」を付けて呼んでいる。
姓名でいうところの名の方。
省略しないフルの名にさん付け。
仮に、私の妻の名がA子なら、「A子さん」だ。
結婚して十数年経ったが、今でもそう呼んでいる。
家庭内だけでなく、スーパーマーケット等自宅外でも常にそうだ。

「子が生まれたから『お母さん』」は何か違う気がして。
私のこだわりと言えるのだと思う。

ちなみに妻はわが子が物心ついてからは私のことを「お父さん」と呼ぶ。
特に不満はない。
わが子の前で交際時の呼び名で呼ぶのは恥ずかしい面もあるのだろう。
(私も自宅外でその呼ばれ方だったら少し恥ずかしい。正直に言えば。
家庭内だったらそれで呼ばれても構わないのだが。でもまあ「お父さん」で構わない。妥当だ。)

交際スタート時、何と呼びたいか妻(当時彼女)に確認をされた。
名の省略版にちゃん付けを提案したら却下された。
(訊かれたから答えたのに。)
妻としては「本名の下の名フルにちゃん付け」が希望だった。
ちょっと照れ臭かったが、希望がそうだったので受け入れ、そう呼ぶことにした。そう呼んでいた。A子ちゃん。
名の省略版 or 短縮版に「ちゃん」付けだったら、もう少し抵抗感は薄かった気がする。
「なっちゃん」とか「えっちゃん」とか、色々あるじゃないですか。
でもまあ、希望を伝えられたので希望通りに呼んでいた。

で、先ほども書いたが、わが子が生まれてからは「さん」付けに変えた。
私もそのままでは少し照れ臭かったということだろう。

ちなみに、交際スタート時に私も希望を聞かれた。何と呼んでほしいか。
子どもの頃から常に名字をもじった感じで呼ばれてきたのでそれを伝えたのだが、却下された。
名の一文字目を伸ばして「くん」付けが私の呼び名になった。
(私のペンネーム「はるのこうきち」で例えると「こーくん」となる。)

俺は彼女の希望通りにしたのに、俺の希望は通ってないやん...
(結婚後の力関係がこの時すでに表れていた模様...)

妻への呼びかけの話に戻るが、名に「さん付け」くらいならスーパーマーケットとかでも全然照れなく呼べる。
この投稿を読んだ男性陣、いかがですか?

ちなみにちなみに、わが家庭内での力関係がよく表れた呼び方として、もう一つ新しい呼び方が生まれた。
「おかみさん」
これも使いやすい。

私、完全にしもべなので。
違和感なく「おかみさん」って呼べる。
「おかみさん、これについてはいかがいたしましょうか?」という感じ。

「お母さん」とは呼ばない。全然そんな習慣がない。
でも私とわが子で会話している時に妻を指す時は「お母さん」って言う。
それはまあ当然そう言う。

 

オチはないよ!

 

 

 

youtu.be

 

youtu.be

 

 

わが家だけで通用する言語

恐れ入ります。
私、外では一切「下ネタ」を言わないのですが、今回は思いっ切り「下」の話題から入ります。

男には「ふぐり」というものがございます。
響きがかわいいので文章で表現する時はこの「ふぐり」を使うのですが、馴染みのない方に向けて説明いたしますと、これは金の玉のための袋のことでございます。

で、このふぐり周辺。
夏場が特にそうなのですが、ふぐりとふとももの付け根の内股部分が長時間直接触れ合うと、あまり気持ちのよいものではございません。
汗ばんだ肌と肌が直接くっ付き合うあの感じ。
特にふぐりの場合は外面の素材が独特のソフト感を持ち合わせていることもございまして。

そんな時、私はボクサーブリーフ(or トランクス)の当該部分をふぐりと内股の間に織り込みます。ふぐりを軽く持ち上げて。
布一枚によって肌と肌の直接の触れ合いを遮断するわけでございます。

私はこの行為を「ふぐりコンディショニング」と命名いたしました。
ふぐりに快適さを。良好なコンディションを。
そういう意味が込められております。

夏場はもう一つ、ボクサーブリーフの股下最深部を引っ張っては離すという方法もございます。
こちらはパンイチの時に有効です。
ボクサーブリーフの伸縮生地を引っ張っては離し引っ張っては離しすることで、ふぐり周辺に新鮮な空気を送り込んでいるわけでございます。
ぱすぱす
ぱすぱす ぱすぱす

これも広義のふぐりコンディショニングということになっております。

近年では、ふぐりコンディショニングを略して「コンディショニング」だけで意味が通るようになりました。
わがはるのこうきち家全体に完全に浸透いたしました。
日々の積み重ねの賜物と言って良いでしょう。

先日、妻の口からも
「ねえお父さんちょっと、 ...ああコンディショニング見ちまったよ」と、
これ以上ないくらい自然にコンディショニングという言葉が発せられたのでした。

ぱすぱすコンディショニングをしていたくらいなので、その時の私は当然パンイチでうろうろしている最中なのでした。
ぱすぱすしているところを妻に目撃される私。ぱすぱすしながら妻を見つめ返す私。

室内をパンイチで歩き回り、ぱすぱすコンディショニングを目撃され、それでも家から追い出されることもなく家族から愛されている私のこの人間力。
ああ私のこの愛され力。愛される私。

...と言いたいところですが、わが子が小さい頃に感覚過敏で服を着るのを嫌がる期間がありまして、実はわが家には私以外にもわが子という心強いパンイチ仲間がいたのでした。
二人で築き上げてきたわが家のパンイチ文化なのでございました。
しかしながらわが子は近年パンイチ族を卒業いたしました。さびしいことでございます。いえ、わが子が社会性を身につけたこと、大変喜ばしゅうございます。

最後にもう一押し、何か気の利いた一文を書きたく思いましたが、思いつきませんでした。

わが家では「コンディショニング」という単語が、わが家でしか通じない完全なる独自言語として成立しております。
という報告記事でございました。妻公認語です。

「ねえお父さんちょっと、 ...ああコンディショニング見ちまったよ 」
(ちっ)

 

 

人生最高のコンディショニング 仕事も人生も好転する55の習慣 (幻冬舎単行本)

 

 

 

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

 

やっぱり、このスネ夫は好きだ...

8月にこういう投稿(↓)をした。このユーチューブ動画のスネ夫は好きだと。

haruno-koukichi.hatenablog.com

いいんですよ、このユーチューブ動画のスネ夫。
マジで。。。

 

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で、その投稿の後にスネ夫に焦点を当てた歌が2本アップされてましてね。
うん、これも良かった。
すごく良かった。

 

ただそれだけの投稿です。

 

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下の方に埋め込んだ「スネ夫」の動画だけをいきなり見ても、その良さは伝わらないと思います。
私の過去記事を読んでいただけば…というのはおこがましい気がするので正確に書くと、まず直下に埋め込んだこの歌を聴いていただく必要はあると思います。

 

のび太&ジャイアン&スネ夫 - もらいもん feat.しずか with 出木杉 / THE FIRST TAKE【完全フルver】 - YouTube

www.youtube.com

 

 

その上で…の下のこの歌、おすすめです。いいですよ。

youtu.be

 

 

一つ上のものより後に公開されたものが下の新版です。
終盤に、上の埋め込みにはない歌唱があります。じーん。

でも、視聴するのであればまず上のスネオイズムを視聴してください。
そうじゃないとストーリーはわからないと思います。

youtu.be

 

 

 

キャラクターステッカー ドラえもん スネ夫ポップ SHF1019

読んだ【「平場の月」朝倉かすみ】

今回読んだこの小説「平場の月」。
「闘病」「お別れ」の内容があります。
私は「映画化もされた話題作みたいだし、読んでみるか~」くらいの軽い気持ちで読み始めたのですが、心にがつんと喰らいました。
小説の方を実際に読むかどうかは、簡単なあらすじくらいを把握して読むか読まないか慎重に検討なさってもいいように思います。

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主人公二人のうちの一人と言える主要登場人物が亡くなります。そのことが物語が始まって早々に示されます。
だからそのことをネタバレ扱いにする必要はないように思っていますが、色々と内容に触れていますので、私の今日のこの投稿はこの小説を読了した方に読んでいただけたらいいなと思っています。

私は「この小説、読めて良かった」という心境に落ち着きました。

読了したその日に、自分の心を整理したくて書き連ねた初日分の感想と。
その翌日に「はっ」と思うことがあって前日とは違うことを思った感想と。
それを時間の流れ通りに書いた感想文が今回のこの投稿です。

 

 

「平場の月」を読んだ。(映画は観ていない。)
読んだ後に思ったことをだらだらと書く。
思ったことを垂れ流すだけ。
小説好きな人がこれを読んだら「なんだこの無価値な感想は」と思うことが確実。
それは最初に言っておく。

やり切れなさが残った。
切ない。悲しい。
青砥のその後の人生を思うと、いたたまれなくなった。
この後の青砥は何を思って何を楽しみに生きていくのだろう。
またアル中になるかもしれない。なってもいいよ。なるしかないだろ。
俺は男だからまず青砥目線での感想しか持てなかった。

これは悲し過ぎる。寂し過ぎて死にたくなる夜もあるだろう。

世代感がむちゃくちゃな感想になるが(俺は50代なのだが)、青砥と須藤って、アニメ映画「君の名は。」の三葉と瀧くんが再会できた時くらいの喜びをかみしめていたんじゃないかと思う。しあわせだった日々は。
酸いも甘いも色々あった50代だって、人によっては10代20代の頃のみずみずしい気持ちがゼロになっているわけじゃないのだ。

なのにこんな別れか。
青砥、しんどいな。

読んでいて、俺は青砥も須藤も好きになっていた。
だから二人がもう少ししあわせな気持ちを抱えて人生を終えられるような選択をできなかったものか、須藤に対して残念に思う気持ちはある。

でも、人間って、わけがわからない。
一人ひとりに考えやこだわりがある。

須藤がああいう判断をしたことに対して、色々と「こういう側面もあったのかな?」的なことも思わなくもないが、俺が思うそれは多分正解じゃない。
人間なんて、場合によっては自分でも自分のことがわからないこともあるだろうし、小説の場合、作者が登場人物の心情や判断の理由を全てわかっていないことだってあるのだろう。
この小説の場合はわからないが。

余命がいくばくもないことを覚悟した須藤が、青砥からの結婚の申し出を理由に、別れを決意して。

まあ、そういうこともあるんだろうな。
青砥がもしあれを言わなかったら、どんなタイミングで別れが来たのか?
別れはなく須藤が亡くなる最後まで仲良く一緒にいられたのか?
俺にはわからない。

全然わからない。

でも、青砥は一度は別の家庭を築いた経験があって、成人の息子二人とはそこそこ良好な関係のようで。
そのことを理由にちょっとだけ「ラッキーボーナスタイムみたいなもんだろ」と思う面はあった。
「友人との交遊、恋愛、就職、結婚、子育て、子の自立、離婚、転職。
一通りの色んな経験をした上で、50過ぎて、お互いがほぼ初恋の相手みたいなそんな相手と、短いながらも夢みたいな期間を過ごせて良かったじゃないか」
そう思う面はあった。
青砥が自身の悲しさを少しでも逸らせるようその手助けをしたい気持ちなのか、俺自身のやり切れない気持ちを薄めたいのか。
よくわからないながら、そういうことも思った。

でもやっぱり、愛する相手とああいう形でぶちっと関係が切れるのは悲し過ぎるよな、青砥よ。
...と思った。

須藤のこだわりは俺には理解できない。俺は須藤じゃないから。
須藤よ、最後まで一緒にいれば良かったのに...って思う。
でも、須藤にはそれはできなかったんだな。俺には理解できないが。
人はもうみんな一人ひとり違うから。
わからないことはわからない。
負担になりたくないとか。自分のことは自分で決めるとか。
そういうことはわかるのだが。

人に迷惑をかけたとか傷つけたとか恨みを買ったとかほとほと馬鹿だったとか本当は自分はとことん嫌な人間なんだとか。
誰でも程度の差はあれそういうものは抱えているはずなのに、しあわせになれそうな時に限って潔癖になる奴ってのは、なんなんだ。
真面目か。
俺にもそういうことはあったのか?忘れた。俺には多分無い。

さっき「しあわせになれそうな時」って書いたけど、それは違うな。俺の表現は間違いだ。
結婚なんかしなくても、それまでの青砥との時間が十分「しあわせ」だったのだ、須藤は。
青砥も。


須藤の思いはわからないから、全然違うケースのことで考えると。
相手のことが好きだからこそ、
「青砥が自分のことを思い出す時に、病気で弱った最後の最後の姿で憶えておいてほしくない」とか、
「次に進みやすいようにもう私のことは終わりにして。忘れてくれていいよ」とか、
場合によってはそういうこともあるのだろう。
須藤の場合は違うのだろうが。(別れの理由の本当のところは俺にはわからないという意味で。)
須藤も最後まで青砥のことを思っていたことは俺もわかっている。


俺は須藤のことも本当に好きになっていたから
逆説的もの言い「あんな別れ方するなら、最初から付き合いなんかスタートするなよ」
転じて
「もう好き合って付き合い始めたんだから、ものすごく青砥に世話になるのだとしても(須藤はそれが嫌なのだろうが)、残された時間が少なかったとしても(だからこそ、その時間だけでも)、二人でしあわせに過ごせば良かっただろうに!」
って思う。俺はそう思ってしまう。
(青砥はそういう考え方を頭から消そうとしていたが。須藤には須藤の考えがあるのだ、と。)

「自分にはそんな資格はないんだ」くらいまでなら俺にもその心情はわかるが、「世の中の他の誰に対してよりも自分自身のことを軽蔑している」とかまでいくと、俺にはもうわからない。そこまでいくと本当の意味ではわかってやれない。
でも、須藤の心中は本当にそうだったんだろう。青砥はそこまではわかっていた。

そんな感じで、一人ひとりが色んな面倒くさいことを考えて頑固にそれを貫いて嚙み合わなくてうまくいかなくて悲しい思いをして...ってのも、人の世の常なのだろうなって思った。
それが人の世の常なんだろう。

須藤、自分を許しても良かっただろうによ。


こんな悲しい思いをするくらいならあの日須藤と再会なんかできなくて良かったのにって、青砥がそういうことを思う瞬間はあると思う。瞬間くらいは。
青砥にとっては、この日々にはそれだけの濃さはあったと思う。しあわせが濃すぎて、その反動は大きいと思う。

青砥はどうなるんだろう。
「でも、俺は須藤と愛し合えたあの日々があって良かった」「俺はおまえの思い、受け取ったつもりだよ」と思える日がくるのか。
ただただ悲しいだけの日々が死ぬまで続いていくのか。
須藤への思いは薄れ、仕事にそれなりに追われながら、再び酒におぼれながら人生を終えていくのか。
新しい出会いがあって、受け入れるような日が来るのか。

俺にはわからない。

さっきと同じようなことを書くが。
青砥に悲しさは残るとしても、もう少しきちんとしあわせが青砥の中に残るような判断を(=亡くなるまで一緒に過ごす判断を)須藤にしてほしかったな...って思った。
もう少しきちんとしあわせが自分(須藤)の中に残るような判断を(=亡くなるまで一緒に過ごす判断を)須藤にしてほしかったな...って思った。
俺はね。俺はそう思った。

須藤が亡くなって。青砥が残されて。
読み終わって、俺が悲しくてたまらなかったというだけの話。

そして、妻子のことを日々自分にできうる最大限大事にしようと思った。最後の見開きを読みながら涙をこぼしながらそう思った。
俺はアホだから、油断をするとすぐに忘れてしまうのだ。
大事な人がいなくなったら、日々は色を無くすということを。
そうだ。それを忘れちゃいけない。
そう思わせてくれた小説だった。


小説本文の最後の最後、「根は、案外、深かった。深かったのだと、青砥は思った。」
その前文からして、(ここの文章だけで言えば「須藤の中に」ではなく)「自分(青砥)の中に深かった」と読み取るのが妥当なのだろうと思った。
「どこかに似たような言葉が使われていた箇所があったから、それを探し出して、自分なりの結論を出そう」...という気にはならなかった。
青砥がどう思った一文なのか。もうそれはどっちでもよかった。
わからないことはわからないままでいい。
「須藤の中に張った根が深かったかはわからないが、俺(青砥)の中に張った根だけは間違いなく深かったのだ」だとしたら、そんなことが確定してもこの俺が悲しいだけだ。

「俺があの時『一緒にならないか』を言わなければ…」という悔恨だけが青砥に残る、そんな物語なら悲し過ぎる。
そうであっても、あるいはそれでこそ、世の中の哀愁を描けている良作ということになるのだろうし、俺も実際これだけ心を揺さぶられてしまったわけだが、でも、それじゃ悲し過ぎるだろ。


悲しくてやり切れなかったが、これを書いたことで気持ちが落ち着いた。
そうなりたくてこれを書き始めた。多分そうだ。
自分の中に抱えておくことができずに書いた。
俺にとっては、そういう悲しい小説だった。

青砥と須藤。
この二人の一年間が、濃く、慈しみに溢れていたものだっただけに...だ。

 


(↑-------ここまでが読んだ当日の感想-------↑)

 

この下が、読んだ翌日に湧き上がってきた感想。
はっと思った感想。
全然見当違いだったら恥ずかしいが、書く。

いま本が手元に無いから、作品中と同じ言葉は使えないが、本来の須藤は自分の死後について「残された人の手を煩わせないこと」を強く思っていたはず。
妹さんに対してもそっけないことしか書いてない事務的な遺書に代表されるように。
「故人本人の思い出の品なんて、残された人はどう扱っていいか困るでしょう?」「そんなものは遺さないよ」と言っていたはず。

青砥に対しても同じ態度を貫くなら。
ネックレスと青砥の自宅の合鍵は、100%・絶対に、青砥が気づきようがない形で処分しただろう。
そうであれば、とっくの前に貴金属買取店かゴミ処分場に運ばれていてもおかしくないはずなのだ。

なのに、それは須藤の「菜園」に埋められていた。

ネックレスと合鍵は
お守りでもあったネックレスのチェーンが合鍵に通されて
つながっている形で
封筒に入れられて埋められていた。

あの須藤が、あの須藤なのに、青砥が見つけてしまう可能性があるところに遺したのだ。

 

「根は、案外、深かった。深かったのだと、青砥は思った。」

 

須藤の中にも、根は深かったのだ。
青砥との日々は、須藤の中に深く強く根づいていたのだ。

俺はそう思った。
読了した昨日は気づけなかった。

昨日の俺は、青砥の気持ちではなく俺の気持ちで読んでいた。
「プレゼントのネックレスをお守りのように最後の時まで身に着けてくれていたらいいな」と思ってしまっていた。
それが地中にあって私はショックを受けたのだ。悲しかったのだ。

でも、違うのかもしれない。違うのだと思った。
思い出の品を遺す気が全くない生き方を貫いてきた須藤が、それでもあのネックレスは無下にはできなかったのだ。

あの須藤だから「見つけてほしい」とまでは思えなくとも、「もし見つかったなら、それはそれでいい。もし見つけてくれたらうれしいかもしれない。それは認めざるをえない」くらいの気持ちはあったのではないか。
あそこに遺したということは、そういうことなのではないか。
合鍵にチェーンが通されていたというのが泣けるじゃないか。

 

違うのかもしれないが、一日遅れの感想でそう思った。

見当違いかもしれないが、この解釈に気づいた時に、一日前の読了直後以上に涙があふれた。


青砥よ、たぶん青砥は気づいたんだな。

「(埋め方が)雑なんだよ」って、悪態をつきながら土を掘り続けた青砥。
多分青砥は泣いていたと思う。そんな描写はなかったが、俺にはその姿が見えた。

 

俺は涙が止められなくなった。
青砥へのそんな思いを持ちながらも青砥と会わずに旅立った須藤の頑なさ・不器用さに。
須藤からのメッセージを受け取れた、悲しい中にも生まれたであろう青砥の中の喜びに。
「青砥、良かったな」と俺は思った。


青砥よ。
別離につながってしまったあのプロポーズへの悔いはずっと残るかもしれないが、須藤からそれだけ思われていた事実を胸に、満たされたやさしい気持ちで生きて行けよ、と思った。須藤との思い出を大事にして。
寂しいのは寂しいだろうけど、ここまで気持ちがつながっていたことが伝わってきたら、それはうれしいだろ。


違ったら恥ずかしいが、一日前とは違って、俺はそういう感想を持った。

この感想を持ったのは休日の夕方だった。
酒を飲み始め良い具合にほろ酔いになって感情増幅機能がONになっていたこの時の俺は、崩れるように泣いた。
もう涙を止められなかった。

 

 

 

 

 

 

平場の月

 

夫婦でエンダーマン勝負

数年前。結構な数年前。
「マインクラフト」というゲームが子どもの教育で注目されていると妻が情報を得まして、わが子に提供しました。
発想力、創造力、デザイン思考などが伸びるとされていまして。

わが子、途中は飽きた時期もあったようですが、今もやっています。
私はゲームとはほぼ無縁の人生なのでよりそう思うのでしょうが、マインクラフト(略して「マイクラ」)でわが子が作り上げる世界、なかなかのものですよ。すごいです。

そういう最近の話ではなく、やり始めた当初の話。
マイクラに出てくるキャラクターとして、エンダーマンというのがいるらしく、スーパーマーケットのおもちゃ屋さんにそのキーホルダーがあるのを見つけたわが子が欲しそうにしていました。
でも、分別が利くようになっていたわが子は、お年玉だったりの何かしらの自分のお金を使って購入するか、それともあきらめて見送るか、迷っていました。

金額も結構なものだったので、「迷うくらいなら今日は見送ったら?」と私が促してしまいました。
わが子も納得したようだったのですが、誘導してしまった後ろめたさもあり、「よし!俺が作ってやろう!」と思ってしまいまして。

ちなみに、そのエンダーマンというのはこんな感じのもの。

Minecraftオリジナルぬいぐるみエンダーマン

マインクラフト エンダーマン特大ぬいぐるみ|全長約49cm・予約商品|マイクラファン・ショップ

これは最近販売され始めたもののようで、当時店頭で見たものはもっと小さく、安いものでしたけどね。
(埋め込んだ最近のこれは49㎝もあるみたいですよ。)

ただ、当時のそれも1000~2000円くらいするものでしたので、わが家の金銭感覚では「買いなよ買いなよ」と気軽に言える金額ではなく、それで「私が作ろう」と思ったわけです。

「この色使いなら、わが子が他の工作のためにダイソーで買ったフェルト布が残っていたよな?」ということもありまして。
そういう私はじゃあ裁縫が得意なのかというと、全然そんなことはなく。
子どもの頃にフェルト布でマスコットを作ったことがあるくらい。

でも思ったんですよね。
「いけるんじゃないか…」と。
根拠なき自信…。無謀なチャレンジ…。

すみません、話を引っ張り過ぎました。
その時に私が作ったエンダーマンがこちらです。はいドーン!

@
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@
@
@

 

がんばりましたけど 何か?

 

この写真のみの出オチの投稿にしても良かったんですけどね。

でもね、これを受け取ったわが子、喜んでいました。(数日間)
数日間は嬉しそうに外にも持ち出し持ち歩き、出先のスポーツ施設の受付の方に「お父さんが作ってくれました!」とか言って見せびらかしてくれて。
受付の方も社交辞令もあったのでしょうが「お母さんじゃなく!?お父さんが!?ねえねえ君のお父さんすごいよ良かったね!」というようなこと言ってくれまして。
わが子ともども誇らしい気持ちにさせていただけました。にっこり。

でも、そんな蜜月期間は数日で終わり。
「目が本物と違うのが何か嫌」となりました…。

 

ということで、妻が「どれどれ」と参戦。真打登場。
わが子のリクエスト通り、実物と同じような目で仕上げたのがこちら。
ドーン!


目
目
目
目
目

 

やるじゃない…(ニコ)

 

わが子の判定は「お母さんの勝ち!」

 

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当時の私は思いました。
「…そうっすかねぇ?」と。
目は確かに、手間を省いたせいでわが子の希望に沿えなかったことは認めますが…。
これ、いい勝負じゃない?
つうか、俺の勝ちじゃない?

だって公式のだってこれなのよ?

Minecraftオリジナルぬいぐるみエンダーマン

 

ちょっとだけ、本当にちょっとだけですが納得がいかなかった私でした。

 

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しかし!!

今日、写真を撮ってみて初めて気づきました。


「あ、これ俺の負けだ…」と。

 

なんだ。。。
俺、負けてたんだ。。。

惨敗じゃねえかっ!(くっ)

俺の惨敗だ  
まあ そう言わずにさ あんたもなかなかのもんだよ

 

 

 

目を合わせないように BIG ぬいぐるみ エンダーマン 約47cm 公式 グッズ

かっとばせ田代!

人生で最初にかぶらされた赤い野球帽は知らない球団のものだった。

サイズが合わなくなった等の理由で今後はもうその帽子をかぶらずに済むとわかった時は内心喜んだような気がする。
今改めて調べると、たった2年で球団名が変わったチームらしい。レアだ。
もっとちゃんとそのレアさを楽しんでおけばよかったように思わなくもないが、興味がなかったのだからしょうがない。
当時はプロ野球や野球自体に興味がなかったから、野球帽にも思い入れを持ち合わせていなかった。
さらに正直に言えば、その帽子は色とデザインが僕の好みではなかったから、かぶりたいとは思えなかったのだ。
そんな幼児だった僕。

そんな僕が自分で野球帽を選ぶチャンスを与えられた。
プロ野球12球団の帽子の中から好きなものを選ぶ。
それが僕にとって人生二番目の野球帽。自分で選んで買ってもらえた野球帽。
僕の小学校校区でそのチームのものをかぶっているのは僕だけだった。

大洋ホエールズ。

紺の地に白字でW。

シンプルでシックで、一目で気に入った。
小学校低学年だったであろう当時の僕がそんな言葉を知っていたわけはないが、僕が感じ取ったのはそういう良さだった。

チームのことは知らなかった。
でも、帽子を買ってもらったことで俄然興味が湧いた。

当時はセ・リーグの巨人戦だけがテレビ放送されるような時代だった。巨人戦であれば100%テレビ放送されるような時代。
僕は巨人と戦う時だけテレビで観られる大洋を一生懸命応援するようになった。
一番好きになったのが、主砲田代。大洋随一のホームランバッター。

当時の僕から見た彼のイメージは、三振かホームランかという感じの不器用な力持ち。
大谷翔平のようなスマートなイメージではなく、三振の多さも相まって茶化されやすいキャラクター。
僕はそんな田代のとりこになった。

毎朝新聞のスポーツ面を見ては、大洋の田代がホームランを打ったかを最初にチェックするようになった。
小さく、でもシーズン中は毎日確実に載っているセ・リーグのホームランランキング。
田代の本数は?田代の順位は?一喜一憂した。

彼の所属は巨人ではなく大洋だったから、テレビ中継はなかなかない。
僕が住んでいたのは大洋ホエールズの地元ではない日本の西の方だったから、ラジオでも大洋の試合が優先的に中継されるわけではなく。全然優先されることはなく。
だけど、当時の僕は毎朝テレビ欄だけでなくラジオ欄もチェックして、大洋ホエールズの試合がラジオで中継される日は、夜を楽しみに待った。
お目当ては田代。
田代の打席。
「田代打ったーっ!大きいぞ!入った!ホームラン!!」
それを聴きたいがためにラジオにかじりついていた。

運動神経が悪かった僕。
父に無理やり入部させられた週末少年スポーツ団、その練習に行くのが嫌だった当時の僕。
「でも、頑張れば僕も田代のようになれるのかな」
そう思わせてくれたのが田代だったのかもしれない。

その後、僕の中での田代熱は落ち着きをみせる。引退が機だったのかは憶えていない。
僕のヒーローは秋山・清原・デストラーデに変わった。

でも、僕が最初に応援したプロ野球選手というのを考えた時、そこには間違いなく田代がいる。

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ずっと呼び捨てで書いてきたが、田代さんは不器用ではなかったそうだ。
ホームランを求められるチーム事情もあって粗削りに見えるバッティングに見えていただけで、本来のセンスや技術は相当なものだったらしい。
後年、チームメイトがそう語っているネット記事があった。

そして意外だったのは、(僕は知らなかったのだが)、田代さんはバッティングの名コーチになっていた。
何人もの強打者巧打者育成に関わっていらっしゃった。

田代さんのコーチぶりを皆が称えていた。感謝と敬意を込めて。
優れた技術論は当然として、「田代さんのコーチングには愛があった」「押しつけではなく、選手本人の選択を大事にさせる包容力があった」等々。

僕は何もしていないのだけど、でも少し誇らしく思う。
ラジオの前にかじりついて僕が一生懸命応援していたあの人が、想像以上の大きな人であったこと。
そんな人を応援できていた自分を。

僕の見る目を。

な~んてことを思っちゃ駄目で、ここはやっぱり「応援していてよかった」と思わせてくれた田代さんにただただ感謝感謝だ。
応援できて本当によかったです。
貴方のことをラジオの前で応援していた夜、本当に楽しかったのです。

 

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そして、ラジオの前ではなかったけど同じく応援していた清原。
僕に、世の中の不遇な男たちに、生き様で励ましをくれていた巨人時代の清原。

 

清原 僕はまだ応援しているよ
励まされていたお返しだから 当然 礼には及ばない

 

 

 

 

 

 

 

最後のクジラ――大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生

 

未開封 CD 横浜大洋ホエールズ 1991年 選手別応援歌 COCA-7459

結婚式スピーチ

桃太(仮名:甥っ子 兄)、結婚おめでとう。
白雪さん(仮名)、桃太を選んでくれてありがとうございます。

私、結婚式のスピーチするの初めてなので、紙、見ながら読みますね。

昔みんなで集まっていた時、若かりし頃の私が一言発したら
「うわっ!!こうきち兄ちゃんがしゃべった!!」と茶化してくれたのは一休さんみたいな坊主頭の頃の君でした。
いや、そんな無口キャラのこうきち兄ちゃんにスピーチ頼むなよ~。
姉ちゃん・かぐや(仮名:姪っ子)も弟・金太(仮名:甥っ子 弟)もそれで指名避けてくれたんだからさ。多分。

でも、指名してもらえてちょっとうれしかった叔父ごころ。

 

私にとっての桃太といえば。
あれは2歳くらいだったのかな。
スポーツ刈りにしてきたばかりの私のうなじのさわり心地が気持ちよかったみたいで、もうね、手じゃなくほっぺで満喫してましたね。
こたつで前かがみになっている私にかぶさってきて。
ほっぺですりすり。
よだれ垂らしながら。

はいその時の写真ドーン!

あ、無いですね。打合せしてないですもんね。
でも写真は実在するんですよ皆さん!

 

桃太ンちの家族ドライブに同行させてもらった日。
お父さんが運転するあのしあわせな車内。
小学生だった桃太が姉ちゃん・かぐやにちょっかいかけ過ぎて、姉ちゃんから強烈な肩パンチもらってました。
「これは痛いぜ…」と思いましたね私。
間髪入れずお母さんに叱られてましたね。二人とも。
「桃太ちょっかい多すぎ!いい加減にしな!
でもかぐや、あんたもいい加減にしとかんと、桃太が本気で反撃したらもう負けるかもしれんのやけんね!!
桃太優しいから反撃せんけど、もうそんぐらいにしときな!!」
私の姉、不良少女の女番長とかじゃなかったんですけどね、母親になってから急に気合入りましたね、なんか。
そういうスイッチあるんでしょうか。
ちょっかいの被害者なのに怒られた姉・かぐや、かわいそうでした。
でも、あの肩パンチは鬼でした。
ちなみに鬼パンチの姉・かぐやですが、小学校時代のスポーツチームでは超やさしいお姉さんでした。
まあね、元はと言えば、桃太のちょっかいが問題なんですよ。
みなさんもそこは忘れないでくださいね。問題は度を超えた桃太のちょっかいです。
でも、あの肩パンチは鬼でした。

 

桃太ンちのディズニーランド旅行にも同行させてもらいました。
ディズニーランドでの楽しい時間の最後の最後、弟・金太が選びに選んで買った記念のおもちゃ。
「ちょっと貸してみ」って言って箱開けて取り出したのは桃太でしたね。
「いや、それいいのか!?金太のやぞ!?」って思いました私。

そんな兄だった桃太。
でも、弟・金太もその時それでよかったみたいで、隣にちょこんと座って桃太の開封・品定め作業を横で見てましたね。
「どんなだろうね ワクワクだね兄ちゃん!!」って感じでした。
「ちがくない?それ、自分で味わっていいやつだぞほんとは」って思いましたね私。
でも言いませんでした。
なんか、それで良さそうだったので。
ちなみに弟・金太は小さい頃から兄のことを呼び捨てです。
「桃太ー!!」です。弟なのに。
だからこのおもちゃの件も、兄の横暴じゃないみたいで、二人には二人にしかわからない相棒感があるんだと思います。
その弟・金太、あるスポーツでとんでもない実績持ってまして、私からすると「神」といってもいい実績の持ち主なんですけど、でも弟・金太は「俺は桃太を尊敬している」って言ってました。
尊敬されるって、すごいことです。
で、桃太を下げる意味ではなく、
弟・金太は姉・かぐやのことを尊敬しているってことも言っていました。
これ言わないとやさしい桃太は名が挙がらなかった姉のことが気になるだろうなって思って、補足です。

 

しかしですね、桃太も金太も、小学校低学年の頃に夏休みの宿題するの、見てあげたんですよ私。お母さんの指導が怖すぎたみたいで。
「こうきち兄ちゃんの教え方はやさしい!!」って絶賛されました。
どんだけ怖かったんでしょうね、母・乙姫(仮名)の指導。
で、宿題見てあげるの、大変でした。とんちんかんだったんですよ、その頃の二人。
それが今やこんなに立派な青年ですからね。
小学校時点での遅れなんかどうでもいいってことです。
だから、小さいお子さんがいらっしゃる方、安心してください。
と、これ真に受けてどうなっても私責任はとれませんが。
あそこからどうやって二人がここまでになったのか。どんなミラクルがあったのか。
信じられない気分で胸いっぱいです。
桃太の姉・かぐやは生徒会長になるくらいしっかり者だったので全然心配してなかったんですけどね。
わんぱくブラザーズはねえ…。ねえ?
教育の場で、先生や仲間、良い出会いがいっぱいあったんだろうなと思います。
ありがとうございます。

 

あと、こんなことがありました。
遠方に住んでいた私が桃太ンちに泊りがけで遊びに行った時。
小学生だった桃太、日中に野球の練習があり、翌日も野球の試合がある。
そんな日の夜に、違うスポーツの練習もあったんです桃太。
翌日の野球の試合でこうきち兄ちゃんにいいところ見せたい、夜は休息して万全を期したいって気持ちがあったのでしょうか。
父・浦太(仮名)に今日だけは夜のそっちは休みたいって申し出て、お父さん、許可したんですよ。
私もしっかり聞きました、その許可。
そしたらそのやりとりを知らない母・乙姫が鬼になりましてね。
「必ずちゃんと両方行くって約束で始めたことやろ!そんな甘えた気持ち、許さんよ!!」
鬼の迫力とは言え、言ってることは正しいと思ったんですよ私も。
そういう約束があったんだね、ならお母さんがそう言うのも仕方ないね。
でもね!
今日はさ!
さっきお父さんがさ!
..…って、私も桃太もそう思ったはずのその時、父・浦太、無言でした。棒立ちでした。
桃太見殺しでした。
ごめん、桃太、あの時助け舟を出せなかったこうきち兄ちゃんを許してください。
でもお父さんだって声を上げられなかったんだから…。
仕方ないよね。
あの時の男3人には連帯が生まれていたように思います。
お母さん怖いから、もうそれは言わないでおこう…って。
弟・金太はそのいきさつを知らなくて、「夜の部でこうきち兄ちゃんにいいとこ見せるぞ!」ってウキウキでした。

 

姉ちゃん(私の姉ちゃん)、浦太さん、
茶化してばかりでごめんなさい。
桃太の結婚、おめでとう。
二人が良い親だったから、桃太がこんなにいい青年になりました。

 

若い方はご存じないかもしれませんが、「だんご3兄弟」って歌がありまして、その歌詞に「自分が一番次男」ってあるんですけどね。
真ん中っ子の桃太、「自分が自分が」の自分が一番ではないですね。
今ここにいらっしゃる方の中で、長子でも末っ子でもない中っ子の皆さんなら共感の嵐だと思うのですが、桃太、真ん中っ子で気遣いの人です。
他の人が気づいていないようなことをさりげなくその人にだけわかるように差し出したりしてくれるんです。
真ん中っ子だからってことでもないかもしれないけど、気遣いの人、桃太。

…と、「実は私もそうなのでわかるんです…」
…風に、真ん中っ子代表代理のように私上げを語ってしまいましたが、そんな私は完全なる末っ子です。

 

気遣いの人・桃太なら心配ないと思いますが、白雪さんとしあわせな日々を積み上げていってください。
しあわせにね。

白雪さん、ありがとう。
白雪さんのお父さまお母さま、ありがとうございます。

 


冗長なスピーチで失礼しました。
皆様、
本日は甥っ子桃太のお祝いにかけつけてくださり、
ありがとうございました。

 

 

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実際には私の出番はないです。
もし本当に出番があったら、大幅に削らないと時間取り過ぎだなこりゃ。

というか、
ネット公開したから、身バレにつながるから、
このスピーチが陽の目を見ることはないのです。

 

 

 

 

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新版 もうあがらない! 結婚式のスピーチで困らない本 (DOBOOKS)

 

 

 

「君の名は。」を久しぶりに観て

先日、私は「君の名は。」の三葉のことを思い出したというようなことを書いた。

偶然なのだが、それと前後するようにわが子から
「『君の名は。』を観てみたい(一緒に)」
という希望があがっていた。

テレビ初放送の時に録画したものがあるのだが、幼児だったその頃のわが子はそれを何度も何度も観ていた。ドはまりして。
ただ、幼児だった頃のわが子は幼稚園でのつらい体験があり、そのせいか幼児の頃の記憶がほとんどないということだった。
(私は幼児の頃の記憶がものすごくある。私似の部分が強くあるわが子だが、ここは似なかったようだ。記憶を奥に押し込めてしまうくらい、つらかったということかもしれない。)

現在のわが子の希望に付き合い、シルバーウィーク中に一緒に「君の名は。」を観た。

 

わが子、感動していた。(私も。)

感動させてもらったのとは別の話として、わが一家が話題にしたことが一点あって。最初に気づいたのは確か妻。

瀧くんちはお父さんも瀧くんも(入れ替わりで三葉が入っている時も)、自分が玄関ドアから出た後に鍵をかける素振りがない。一続きのシーンでもそのまま出発する。

ホテルみたいなオートロック?流れを阻害しないための敢えての割愛?もっと何か重要な意味が?

私たちでは結論は出ず、ただ「鍵かけようよ」という思いが残った。


わが家の話はここまで。

 

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私個人の感想。

忘れている部分も多く、新鮮な気持ちで観られた。面白かった。

以前観た時には思わなかった感想が一つ増えた。

(※この投稿の最後に、「後日の追加」でこの下に書いてある感想は取り下げています。でも、削除するのも違う気がして、残します。)

三葉の父はあんな感じではあるが。
あの父は、妻二葉のことを愛していたんだな、と思った。三葉のこともだけど。
宮水の血を受け継ぎ一葉や三葉と同じようにそういうエピソードを持っていたであろう妻二葉のことを。
愛していたし、信頼もしていたのだろう。

だから三葉の訴えに応じて村民に避難を指示したのだと思う。
現実世界のああいう堅物そうな父親・堅物そうな村長なら、本当に「避難」の決断はくださない気がする。
訓練と銘打つ逃げ道はあったとしても。どうだろう?
割れた彗星を目の当たりにして信じざるをえなくなったのかもしれないけど。テッシーの父もうろたえてたし。

でも私は「妻のことを愛し信頼していたんだな…」と思った。
(映画本編の中で本人も「愛していた」ってちゃんと言ってましたけどね。)

以前観た時には無かった感想のように自分ではそう思ったが、最近の私は記憶力が落ちているので、以前観た時も思っていたかもしれない。

そこは誰にもわからない。私にも。

 

そういうことが ときどき ある

 

 

 

(後日の追加:2026年9月28日
三葉の父を美化し過ぎた気がする。
妻二葉のことはきっと愛していたんだろうけど、娘二人を置いて家を出ていった人ですもんね。
なんか美化して見てしまった。
一瞬そういう気分になってしまった。私の浅はかさ。
三葉の父のことはどうでもいい。
実際、三葉の父のことを考えたのはほんの一瞬だった。
こんな感想を書いてしまったことが悔やまれる。
でも、消すのはずるい気がするからそのまま残す。)

 

 

 

君の名は。(通常盤) - RADWIMPS

 

 

新海誠監督作品 君の名は。 公式ビジュアルガイド

 

 

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なぜ私は女性キャラのもみあげに惹かれるのか

直近の先日の投稿で
「あたしンちの石田が好きだ。もみあげ、いい。」
と書いた。
(もちろん、もみあげ以外のキャラ全体もいい。石田、いい。)

 

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

 

でも、どうしても「もみあげ」にも目が行く。
石田のそのことを書いていて、最近ある方の「もみあげ」を自分の中だけで絶賛していたことを思い出した。

こちらです。

youtu.be

吉澤嘉代子さんのこの場合は正確には「もみあげ」とは言わないのかもしれないけど、もみあげの位置に垂らされた素敵な一筋。
私、撃ち抜かれましたハートを。
…って、このユーチューブは歌声も歌詞もサウンドも、全てがいい。
今年初めて知って、本当に好きになった曲。
でも、この「ライブ版」を観る時は、「ミュージックビデオ版」の時にはないこの「もみあげ」に見入ってしまう。(いい…。)

 

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話は変わりますがちょっと前。(もしかしたら今も?)
女性が小顔に見せるために「こめかみよりもちょい中央寄り」あたりを通過させるような感じで左右それぞれに一筋、髪を垂らしていたではないですか。
私はあれがどうにも苦手で。見てるだけでも。
「あんな位置に髪が垂れててくすぐったくないのかな?邪魔じゃないのかな?」って、切ってあげたい衝動に駆られていました。
もちろん切ったことはないですけど。
切ったら(&切ろうとしたら)間違いなく犯罪。
でも、そのくらいにあの垂らし触角は苦手な私だったのですが。

 

このもみあげの位置の一筋 or 一房。すっげえ好き。
こっちはすっげえ好き。

 

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なぜに私はこの「もみあげ」にこんなに惹かれるんだろう。

ふと思いました。
何か、子どもの頃に観たアニメの影響だろうか?

でも、ナウシカにもシータにももみあげは無いよ。

どこでこの好みが植え付けられたのだろう…
と考えること半日。

わかりましたよ。たぶんこちらです↓

ドロロンえん魔くん 愛蔵版

 

埋め込んだものでいうと、白い女のコの方。

「ドロロンえん魔くん」の「雪子姫」

間違いない、これだ。。。

とは言っても、私が見ていたのはアニメの再放送。漫画版ではなく。
で、今はアニメ版の第一話がユーチューブで観られるとわかって、観てみました。

う~ん。
オープニングも本編も思ってた雪子姫と違う気がする。
でも、アニメを観ていた当時、雪子姫をかわいいと思っていたのは事実。
じゃあやっぱり雪子姫か。

 

(別件ですが、宮崎アニメである「未来少年コナン」のヒロイン・ラナは、第一話だけかわいくなかったことで有名。大事な第一話なのに。
雪子姫にもそういうエピソードがあるのかないのか。)

調べるまではしない俺。

 

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でも、原点の話ではないですけど、「最近?ここ数年?近年でも『もみあげっ娘』がいた気がするんだけど…」って思っていて。

先日の投稿用に「あたしンちの石田に合う画像って何かないのかな」って探し直していたのですが。。。

その時にこれ思い出した!

「君の名は。」の三葉だ!!
あるよ!
あるよ、もみあげ位置の一房!!三葉にも!!

「君の名は。」で古文・和歌の読み方が面白いほどわかる本

 

もしかしたら新海誠監督も雪子姫に撃ち抜かれたクチなのだろうか。。。

そう思いましたが、詳しくないからわかりません。。。

調べるまではしない俺。

 

 

 

 

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